2009年08月07日

最大の防御は攻撃にある

obama2009.jpg

日本の核武装問題について、飛鳥氏はこのように述べている。

『筆者が、前々から日本製の原子力空母を建造することを唱えているのは、これからの先の懸念を予測し、中国の横暴と韓国の恫喝(その頃は北朝鮮の核兵器を所有している可能性がある)から日本の権利を守るためである。
韓国が激貧の北朝鮮と統一すれば、間違いなく経済が破綻し、外に向かって様々な略奪行為に走ることになる。どこから奪うかは歴然で、平和ボケした張子の虎の日本しかない。
その際の韓国人の基本ベースは日本に対する捏造史と逆恨みである。
韓国は、日本から奪えるものなら、文化でも領土でも金銭でも何でも奪おうとするだろう。金銭とは、分りやすくいえば賠償金のことである。
韓国は北朝鮮との統一で生じる経済的損失とダメージを、弱腰の日本から全て巻き上げれば事足りると踏んでいる。
その際の恫喝のためにも、北朝鮮の核が不可欠で、日本海を我が物顔に動ける空母艦隊が必要なのだ。
それに対する日本人は、相も変らず平和ボケ状態である。
筆者は、韓国の異常行動より、むしろ今の日本人の異常反動の方を恐れる。
事が起きた場合、自衛隊が暴走する切っ掛けさえ与えかねないからだ。
この国は、自国で戦火が起きたら最後、簡単に戦前に舞い戻る危険性がある。
中間が無いからだ。中間とは備えのことである。先見の明といってもいい。
だから、それも無く中庸の民族と自らをいうのは間違いで、何も手を打たず先送りする姿勢を中庸と勘違いしているに過ぎない』


確かに現実を直視した尤もな意見である。
だが私は、日本が核武装することについては全面的に反対である。
今日(2009年8月6日)、広島は64回目の「原爆の日」を迎えた。
秋葉忠利市長は、「核廃絶」を主張するオバマ大統領に「核廃絶を目指して力を合わせよう」と訴え、「絶対に出来ます」と締めくくった。
日本は聖徳太子が制定した「和を以て尊しと成す」国であり、昭和天皇の「戦争放棄」の遺志を受け継いでいくべきであろう。
その平和の為に、日本人は戦わなければならない。
戦うといっても武力ではない。
イエスは「汝の隣人を愛せよ」「汝の敵を愛せよ」と説いた。
私はクリスチャンではないが、イエスの教えは普遍的な真理だと思っている。
タイトルの「最大の防御は攻撃にある」とは、まさに韓国のやり方だが、同じように反撃すれば問題はますます泥沼化するだけである。

私が感銘を受けている「アーリオーン」という宇宙意識からのメッセージがある。
アーリオーンは『聖書』の大天使ミカエルの一顕現で、『日月神示』を降ろした神(ルシファー)と同じ霊統の神霊だという。
ここでその真偽については問わないが、私の理念に大きな影響を与えた言葉が以下の通りである。

「不合理な攻撃を受け、自らの(時には他者の)可能性を守らねばならない状況に陥ったなら、戦いなさい」

「最大の防御は攻撃にある。
しかして、単純に相手を打ちのめしたりすることを攻撃と思ってもらっては困る。
自らが能動的に、快く動く環境が必要だ。
自らが発することだ。愛するとは、そういうことだ。
相手を愛するが故に攻撃せねばならない、しかも心から。
あなたは、あなたの構築した世界で命を引き換えに、これを学ばねばならない」


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私がリスペクトする人物の1人に、イギリスからの独立運動を指揮したインドの「マハトマ・ガンジー」がいる。
彼は民衆暴動ではなく、「非暴力」「不服従」によって敢然と戦い続け(無抵抗ではない)、インドを独立させてイギリス帝国をイギリス連邦へと転換させた。
それは政治思想として、植民地解放運動や人権運動に於ける平和主義的手法として世界中に多大な影響を与えた。
尚、韓国や北朝鮮、或いはアメリカなどの諸外国が悪いのではない。
既に述べてきた通り、日本の政治家に問題があるのだ。
だが、政治家に責任を押し付けたところで、解決策にはならない。

福澤諭吉は「罪を憎んで人を憎まず」と言ったが、『日月神示』には次のように示されている。

「罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方。神のやり方はその罪をも憎まず」

「上の番頭殿悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ。
番頭殿を悪く申すでないぞ。よい政治しようと思ってやってゐるのぞ。
よいと思ふ事に精出してゐるのざが、善だと思ふ事が善でなく、皆悪ざから、神の道が判らんから、身魂曇りてゐるから、臣民困る様な政治になるのぞ」


最大の防御は攻撃にある……韓国は劣等感の裏返しでこれを日本に当てつけている。
国と国の関係は、人と人との関係と同じである。
日本は、主張するべきところは主張して、『日月神示』に示されるような人間関係・国際関係の模範を世界の人々に示さなければならない。

「人間をほめることよいことぢゃ。
ほめて、その非をさとらせよ。罪ゆるすことぢゃ」


イエスはこう言っている。

「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。
しかし、わたしは言っておく。
悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」

(「マタイによる福音書」第5章38-39節)

それについて、『日月神示』には次のように示されている。

「右の頬をうたれたら左の頬を出せよ。
それが無抵抗で平和の元じゃと申しているが、その心根をよく洗って見つめよ。
それは無抵抗ではないぞ、打たれるようなものを心の中にもっているから打たれるのぞ。
マコトに居れば相手が手を振り上げても打つことはできん、よく聞きわけて下されよ。
笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ、世界一家泰平じゃ。
左の頬を出すおろかさをやめて下されよ」


これは潜在意識の法則を説いたものだが、個人の潜在意識の集合体が、人類の「集合無意識」と呼ばれているものである。
この集合無意識によって世界は動いているのだ。
世界は国家の集合体、国家は地域の集合体、地域は家庭の集合体、家庭は個人の集合体である。
そして、外面は内面の反映であり、最終的には個人の問題に行き着くということを理解することが、最も重要且つ急務なのだ。

『日月神示』には、次のように示されている。

「戦は今年中と言ってゐるが、そんなちょこい戦ではない。
世界中の洗濯ざから、いらぬものがなくなるまでは、終わらぬ道理が分からぬか。
臣民同士のいくさでない、カミと神、アカと赤、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。
己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。
それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ。
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」


「人間のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふていたら大きな間違いざぞ。
戦や天災でラチあく様なチョロイことでないぞ。
あいた口ふさがらんことになりて来るのざがら、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ。
肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな。
世界のことは皆、己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ、この道理わかりたか」


世界平和の実現は、己の心の平和の結果なのである。
posted by CHYREN at 00:03| Comment(2) | 日本精神を取り戻せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
指摘させていただきます。
まず日本の核武装からの自分の考察ですが、世界のどこかの国が核爆弾を発射した場合、世界は終わります。よってこれから新しく核武装する必要はない。オバマがいっているがどの国も核武装を同時にやめるべき。これが核武装についての結論。
飛鳥氏がボケ状態である。

イエスは「汝の隣人を愛せよ」「汝の敵を愛せよ」←言っていない。

「罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方。神のやり方はその罪をも憎まず」←翻訳者の間違い。神は「その罪」を罪とは見ていない。が正解

マコトに居れば相手が手を振り上げても打つことはできん←翻訳者の間違い。手を振り上げさせることも思わせないが正解

笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ、世界一家泰平じゃ←言っていない。






Posted by tata at 2012年08月03日 14:50
オバマの話を出されていますが、当のアメリカは世界一の軍事大国です。
ボケ状態なのは誰でしょうか!?
オバマのことではないですよ。


『新約聖書』の「マタイによる福音書」に載っているイエスの言葉です↓

「汝の隣人を愛せよ」(第22章39節)

「汝の敵を愛せよ」(第5章44節)


あなたは『日月神示』の原文を読んで解読したのですか!?
いい加減なことばかりを言うのはやめた方が良いですよ。
最後の「←言っていない」という部分については、「極め之巻第十五帖」に書かれています。
全てはあなたの勝手な独自の解釈と無知です。
Posted by CHYREN at 2012年09月04日 19:28
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